ふと、エメットの背中を追いかけながらゲイルは思うのだった

――そう言えば俺は兄さんの泣いている顔は見た事がないな

悲嘆に暮れる顔を見た事がない訳ではない。それがいつだったのかははっきりと思い出せないが、彼は他人が評価するほど冷たくもなければ表情が乏しい訳でもない
人並みに笑う姿も知っているし、怒った時は口より先に手が出るタイプである事も分かっている。落ち着いている時は微かに目元が穏やかであるがそれよりも口元が優しく微笑んでいる姿が印象的だ。
アイツは目元よりも口元に表情が良く出る男だと言ったのは確か父だった気がする
ああ見えて結構単純な性格してるだろ?と苦笑いしていたのは確か兄の唯一無二の相棒とも呼べる皮膚の黒い大きな体のバンガ族だった。そう言えば兄は彼には普段からかなり迷惑を掛けている様子だったが、何故か一度もスプロムでは姿を見ていないなと気がつく。彼や彼の他の兄の仲間たちは何をしているのだろうか。もし万が一忘れているなんて事が有ればなんて薄情なのだろうと自然に怒りが沸き上がった


速足で歩きながら追いつき再びエメットの左側に並んだゲイルは、そっと兄の横顔を盗み見た。
色濃い隈のある目元。琥珀色の瞳は真っ直ぐに前を見据え、青白い肌色をした頬は乾いていた。先程見えた涙はやはり錯覚だったようで、ゲイルはそこに酷く安心感を覚えた。彼は絶対に兄の涙は見たくないと考えていたのだ。子供のように泣くのは自分だけで十分だと


近くで見るプリズンの入り口は無造作に掘られた横穴のように見えて、その実しっかりと魔法による障壁が張られていた。魔力の殆どないゲイルですら感知できる程の凄まじいミストの渦が見える。そのせいで穴の奥は靄がかかったように見通せず、水のベールに包まれているようにゆらゆらと揺らめき、まるで完全にあちらとこちらでは世界が違うような感覚さえ覚える

プリズンの入口の前に立ったエメットは、目線はそのままで不意にゲイルの右手首を引っ張るように握った
余りにいきなりの行為だったので前につんのめってしまったゲイルは文句を言おうとエメットを睨みつけると、エメットが微かに笑いながら謝罪をした「悪い」

「お前は初めてだからな。こうでもしないとこいつに弾かれる」

言いながらゲイルの右手を握るその冷たい手と反対の手の甲で見えない壁を軽く叩くと、エメットの手が触れた中心から障壁全体に波紋が広がった

「利き手しか認識しないんだ…お前が右利きで良かった」

衝撃が来るから気をつけろ。と言うと繋いだ手をそのまま上にあげ、エメットは左手をゲイルの掌を上から包み込むように添えて魔法障壁の中心に柔らかく触れる。次の瞬間重なった手と魔法壁の接点から旋風が吹き荒れ、見えない壁に複雑な魔法の紋様が一面に浮かびあがり、それだけでゲイルは全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。背筋を強い電流が走るような感触に強烈な眩暈を起こしかける。心なしか己の立っている地面が揺れているような気さえする
数秒の後、紫色に発光した紋様はやがて彼らの手を中心に徐々に点滅しながら輝きを失い、やがてすべて消えた

魔法障壁がなくなり、途端に鮮明になった穴の奥から薄明かりが差しこんでいるのが見えた。外観からは予想もつかないような仄暗い空間。ここでは珍しい黄色い土の天井は恐らく高さ数十メートルはゆうにあるだろう。洞窟特有の湿った空気の元、小さな木製の丸テーブルの上に置かれたランプの明かりが調度視界の右奥から見える
穴の中に一歩踏み入れると、その一番明るい光の下、しかし入口から差し込む日の光に比べると随分頼りないわずかな光を手がかりにテーブルと同じ、背凭れの無い木製の椅子に腰かけ書物を読む中年のバンガ族が居た

「又貴様か」

溜息と同時に発せられた嗄れ声が高い天井に良く響く。こちらの存在に気付いているにもかかわらずに目も合わせようともせず、やけに分厚い書物のページを捲る音が嫌に静かだ。バンガ族の態度にゲイルは、初対面からなんて不躾な奴なんだと思った。そして思った事がそのまま顔に出たのだろう、兄が左腕を上げて己を制すのを見て、少年は自分の眉間に皺が寄り、口をへの字に曲げ、おまけにいつの間にか拳に力を込めていたことに気付いた
一連の様子を眺めるまでもなかったバンガ族だが、黒いマントの騎士の左手の動きに微かに右の眉を上げ、やがて興味を失ったと言うように再び書物に目を落とす。暫くしてエメットも左手を下げた

お互いに沈黙が続いた。皮膚の赤いバンガ族は相変わらずこちらに目を合わせようとはせず、エメットはじっと彼を睨みつけたまま動かない。時折規則正しくページが擦れる音が、広い湿った空間に空しく響くばかりの重い空気

長い間そのまま誰も動かなかった。しかし長い沈黙についに耐えきれなくなったゲイルが口を開いたことで静寂は破られる「あの」
重苦しい空気は得意ではない。何の進展の無い時間も無駄だと思う。ゲイルは自他共に認める「我慢の出来ない子供」だった
やっとこちらを向いた中年のバンガは、面倒臭そうにゲイルに一瞥をくれる。真正面から受けた視線が予想を遥かに超えて威圧的で、思わず背筋が伸びたゲイルは、一拍置いて咳を切ったように喋り始めた

「俺、ゲイルって言います。こう見えてソルジャーで、えーっとそう、剣は兄に教えてもらってちょっとした自信が有って、それでえっと、あ、兄って言うのはこっちに居るエメットで」
「自己紹介はうンざりだ坊や。大人しくしてな…それにしても、貴様は餓鬼の躾も出来ンのか」

年若い戦士の話を途中で遮ると、心底呆れたと言うようにバンガ族は彼の保護者を軽蔑した目で睨む
坊やとは何だと口を開きかけたゲイルを、エメットが先程と同じ動作で制す。騎士の手は今度は下がらない
同じ形の二振りの騎士剣を携えた聖騎士は黙って痛い視線を真正面から受け止め、やがて少しの愛想笑いを含ませながらゆっくりと口を開いた

「気分を害したのなら謝る…だが弟はここに来るのが初めてなんだ。緊張する気持ちも分かるだろう?だからという訳でもないが…どうか許してやってくれないか?チョーサー・ジーゲルト殿」
「相変わらず生意気な…魔法障壁の開き方で個人を特定することは容易い。貴様の弟が此処に訪れるのが初めてなのは承知の上だ」

にしてもお前の親父さんもそのまま同じ台詞を言っていたぞ、とチョーサーはバツの悪そうに少し砕けた言葉を零す
どうやら今の会話から察するに、彼は先程ゲイルが兄とともに破ってきた障壁の番人をしているらしい
それから口調も。今零したのが素だとすれば、彼はどこにでも居る普通のバンガ族と変わりの無い人種のように思える

しかし、案外怖い人では無いのかもしれないなとゲイルが呑気な感想を抱いたのも束の間。次にこちらに顔を向けたチョーサーは、ゲイルに向けたそれとは比べ物にならない迫力を持って、エメットを問うた

「それで貴様今日は何をしに来たンだ。処刑までの面会は昨日一切禁止した筈だぞ…職務の邪魔をするわけではないだろうな?」
「その処刑をいつ誰がするかについては、今日以降返事をすると言った…昨日の時点では書面で返事をする予定だったが、気が変わった」

余りに行き成りの事だったので思わず悲鳴に近い小さな声を上げたゲイルを、エメットは上がったままの左手を強くゲイルの体に押し当てることで庇った

瞬間的に愛想笑いを仕舞い込んだエメットは、ゲイルが知るどの顔よりも冷たく無表情な仮面を張りつけ無機質な声色で反論する。二人の迫力に気圧されて口を挟む隙を完全に無くした少年戦士は、空気が急に凍りついた様に張りつめるのを感じた
湿気のせいで蒸し暑いと思っていたこの空間が、今はとても寒く、そして何故か狭く思える。もちろんそれらは全て比喩表現なのだが、ゲイルは鳥肌が止まらなかった
つい今しがたまであんなに頼りなく見えた視界の右奥のテーブルの上に佇んでいるランプの蝋燭が、唯一この空間で熱を持っているように感じる。自分の背中に当たる暖かい日の光が、こちらを蔑んでいるように高笑いしているような錯覚すら覚えた

そんなゲイルの心の内を知ってか知らずか、続けてエメットは強い調子で言葉を紡ぐ

「処刑執行は今日。今直ぐに。執行人は俺一人で十分だ」

静かな空気に凛としたエメットの声が、嫌に響いて聞こえた

「…正気か?」

信じられないものを見るような眼で、チョーサーが尋ねると、俺が冗談を言うと思うか?と真剣な眼差しでエメットが切り返す
ゲイルはと言うと、己の動きを制されてからずっとエメットから視線が外せなかった。言葉の意味は分からない。それでもエメットが何か重大な決意をしたということだけが、妙に静かな空気から伝わって来るようだった

二度目の長い静寂は、チョーサーの長い長い溜息で破られる。

「昨日こちらで″彼″を処刑すると言った時に、時間が欲しいと言ったのは貴様だろう」

ここに来て彼はやっと手元の本にしおりを挟んで、しかし相変わらず椅子から腰を浮かせようともせずに体ごとこちらへ向き直った
僧着の様な白い服を改良した鎧を着込んだ彼は、よく見るとその赤い身体のあちらこちらに細かい傷を隠しているようだ

続けて何かを言おうと口を開けたチョーサーだったが

「あの」

遠慮がちな、それでいて先程より大きなゲイルの声に、それは掻き消された
それはまるで、彼の存在を他の二人に知らしめるような必死の声だった
その思ったより大きな存在感と声に驚いたのか、反射的に言葉を発したソルジャーへと聖騎士と守護騎士の視線が注がれる
予想外の視線の強さに萎縮しながら、恐る恐る、先程から気になっている事をゲイルは問うた

「処刑って…それに、兄さん…プリズンの外部の人間が、そんな事出来るんですか?」

緊張と圧力に震えた声は、それでもどこか落ち着きを放っていた
萎縮しながらも彼は、必死に背筋を伸ばし、大人二人を真っ直ぐと睨み返した

俺は、子供じゃない。俺を置いて話を進めないでくれないか

疑問を疑問のままにしておくのがゲイルは何よりも解せなかった。そしてそれが子供だから教えられないと言う大人の事情も、彼には通用しなかった

置いて行かれるのは、もう嫌だ

子供大人成熟未熟の前に、彼はただ自分を一人の戦士として認めて欲しかったのだ

するとゲイルの科白に、チョーサーは鋭く反論してエメットを非難した

「そうだ。貴様には″彼″を処罰する資格など無い。寝言を言うな」

今度は視線が聖騎士へと集中する番だった。疑問と不安の目を向けるソルジャーと、呆れと怒りが入り混じる守護騎士の鋭い視線を身に浴び、しかし彼は

「出来るさ」

俯き加減に口元に笑みを浮かべて、はっきりとした声でそれらを跳ね返し、思わず目を見開いたゲイルと視線を合わせ、ゆっくりと更に深く、つい数時前にプリズンを前に形作ったその笑みを唇に刻む
そして同じくゆっくりと左手をゲイルの夕陽の色をした頭の上へ持って行き、くしゃりと一度掻き雑ぜた
それはゲイルが一番好きな、兄の仕草だった

「その為に昨日時間が欲しいと言ったのだから」

言葉とともにエメットは左手を下げ、白いローブの下から一枚の書類を取り出すと結界の番人に掲げて見せる
紙の裏側しか見えないゲイルにはその内容は把握できなかったが、スプロムではまず見ない上質の羊皮紙を見て、それがとても重要な書類である事が理解できた

「世界法律、ワールドロウ。番号、R-7 20958番その3…″処刑″。プリズンの最高位の守護騎士の地位に就くあんたなら暗唱する事は容易いはずだ」
「処刑の執行は、プリズンにおける最高位の守護騎士、及び神殿騎士が執り行うのが通例であるが、イヴァリースにおける何れかの国家が認める一定の水準に達したパラディン、若しくはモーグリナイト、セージがプリズンからの依頼、または個人の希望により処罰を加えることも可能である…まさか貴様…!」

滑らかに法律を暗唱するチョーサーの顔が見る見るうちに驚愕に染まる様子を見て、ようやくゲイルにも少しずつ話が理解できた。つまり、エメットが持っているのは

「俺は今あんたと同じだけの権力を持っている」

どこの国家の物かはゲイルには理解できない。しかしそれが紛れもなく本物であることは、チョーサーの顔色を見れば分かる。兄が右手に掲げる上等の羊皮紙は、彼が処刑に置いてのみプリズン最高権力者と同等の力を有する事を証明するものだった

右手を静かに降したエメットは、先程と同じ文句を先程よりも強くはっきりとした口調で発する

「処刑の執行は今日、今直ぐに。執行人は俺一人で十分だ」

唯広い空間に反響する凛とした声が、何故だろう、ゲイルにはとても寂しく聞こえた

「後悔は、無いンだな」

静かに呟きながら、チョーサーは腰を上げた
そしてこちらへゆっくりと歩みを進め、エメットの前で止まる
試すような目だ、とゲイルは思った

「何度も言わせるな。その為に一日時間を寄越せと言ったんだ」

エメットの意思は、固かった
一度決めた事は誰が何と言おうと遣り抜く。その諦めの悪さにかけて、ゲイルが知るどの人間よりもエメットは天下一品だった

しばらく互いに睨みあった後、先に目線をそらしたのはチョーサーだった
そのままくるりと踵を返した彼は、テーブルの上のランプを手に持ち、目線だけをこちらへ寄越して

「ついて来い」

とだけ、短く言葉を放つと、視界の右奥へ明りとともに足音だけを残して消えて行く

徐々に暗くなる視界の中、完全に闇に包まれようとしたその瞬間に黙って歩きだしたエメットの横について歩きながら、ゲイルは未だ″彼″とは誰なのか分からないままだった


チョーサーが腰かけていた椅子と本が置かれたテーブルの更に奥。入口から調度視界に入らないその場所は細く暗い下り坂になっていて、二人で通るのには少し無理が有ったために兄弟は一列になって進んで行く
先に進んでいたかのように思えたチョーサーは、律儀に彼らが来るのを坂の入り口で待っていて、足元と頭上にに気をつけろ、と注意を促した
プリズン最高位の守護騎士の言うとおり天井は低く、入口の空間よりも土の壁が近い長い通路に、三人分の足音が良く反響する
ゲイルは右側の壁に手をつき、慎重に、しかし兄の背中から離れすぎないように歩行速度を気にしながら殿を歩く。先頭を進むチョーサーの持つ明りは、最後尾を歩くゲイルにもしっかりとエメットの肩越しから確認できた
どのくらい地下に下ったのだろうかとゲイルが気にし始めた頃合い。長く暗い、湿った坂が終わり、また少し広い、薄暗い空間に出た

通路を抜けて直ぐ右側に先程の黄色い乾いた土とは違う、スプロム特融の赤い粘土質の土で固めた台と窓型に盛られた天井、そしてそれらを繋ぎ止め支える鉄の柵が見える。その向こうに居る黄色い皮膚、そして深い皺を沢山刻んだ顔を持つバンガ族は、ゲイル達がここへ下ってきてすぐにチョーサーの姿を確認すると彼を呼びつけ、今はふたりでこちらを見ながら神妙な面持ちでひそひそと何かを話している

ゲイルはと言うと、この空間をくまなく観察する事にした
今チョーサーが居る辺り、鉄柵と窓枠を支える土の台座の直ぐ脇に面会の予定や収容者の情報が事細かく記載された掲示板と外部向けの情報が記載されてる事を考えると、恐らく、ここはプリズンの受付窓口なのだろう

鉄柵の向こう側は又少し違う気もするが、ゲイルの立っている位置はやはりかなり高い位置に有るようで視界に捕らえる事が出来ない。しかし物音が入口よりも良く反響する事を考慮すると、どうやら少し低い位置にあるようだ
入口の乾いた土とは違い、スプロムの赤い粘土質の土で造られたこの空間は、その土の性質や随分と地下深くに有る事を鑑みると蒸し暑いと感じるのが普通であるが、何か特別な魔法術が凝らしてあるのか、不思議と入口やここに来るまでに下りてきた通路よりも快適な印象を受ける
チョーサーと別のバンガ族が鉄枠越しに話している両脇。調度掲示板の下を固めるようにそこには不気味な銀の鎧を着た大柄な戦士が立っている。鎧が余りにも大きい為か、種族の見分けがつかない戦士は、胸のあたりが上下していなければ生き物だとは到底思えない威圧感を放っていた

一通りぐるりと周囲を観察し終えると、ゲイルは自然と銀の鎧の戦士に視線をやっていた
初めて見る異様な光景。彼らから目が離せないまま、無意識のうちにただじっと見ていた少年は

「ゲイル」

広い場所に出て再び左に並んで立っていた兄の声で、我に返った
反射的にそちらへ振り替えると、エメットはゲイルに右手を差し出すように促し、己の首に付けていたチョーカーを外して彼へ受け取らせる

「お前に」
「…え?」

黒い革製の環、薄青色と薄緑色の小さな珠の下に下弦の月を象った金色に輝くパーツ。そこから繋がる薄桃色の小さな珠と、銀色の十字架

エメットが首を動かすたびにゆらりゆらりと揺れていたそれが、ゲイルは己の手のうちに有る意味が分からない
どう言う意味かと兄を見ると、何を思ったのか彼は仕方がないなとでも言いたげに笑い、ゲイルの手からそれを受け取り自らの手で新しい所有者の首へと装着する

「預かっていて欲しいんだ」

エメットの手は相変わらずひやりとしていて、ゲイルの首へチョーカーを着けると十字架に一度愛おしそうに触れた

「今からお前は聖騎士だ」

良く似合っている。とエメットは言って、ゲイルの頭をくしゃりと掻き回す。意味が分からないままのゲイルだったが、何故だろう、エメットのどことなく幸せそうな顔を見ると、言葉が何も出てこずにただ

「ありがとう」

そう言うのが、精一杯だった

「処刑執行人は、君か」

ゲイルの言葉が終わるのとほぼ同時に、不意に鉄柵越しに受付がエメットを見て問うた。兄弟は同時にそちらへ顔を向けたが、エメットはは眉間に皺を寄せて、不機嫌ともとれるような真面目な顔で声の主を睨みつけ、ゲイルはそちらの方にもっと驚いた

「証明書を」

彼の言葉が終わるのを待たず、エメットはため息とともに受付の方へ歩を進め、上質な羊皮紙を粘土質の土の台座の上に差し出す
受付人はさして気にした様子もなくエメットからそれを受け取る。無機質無感動。この言葉がここまで似合うバンガ族もなかなか居ない。少しの情も滲ませない目で鉄柵越しに彼はただ目の前の聖騎士と証明書を交互に見比べる
受付の黄色い肌の老齢のバンガは、鋭い目でエメットを見定めているようだった

「結構。では処刑を希望する囚人の収容番号と処刑方法を」
「収容番号、R−50 A382。処刑方法、聖処刑」
「結構。ではチョーサー・ジーゲルト。彼を案内しなさい」
「承知。全ては法の元に」

淡々としたやり取りだった。必要最低限の会話を終えたエメットが、チョーサーとともにゲイルの元へと戻ってくる
受付の彼はもうこちらには興味がないようで、機械的な動きで傍らに置いてあった書類にひたすら印を押していた