嘘から出たまこと

着信音を個別に設定するようなマメな事、俺はしない
んだけど、あいつのは、あいつの電話だけは、ディスプレイを見る前から、あいつからの電話だって、分かってしまう

「……もしもし?」
『あ、諒平?』

これが幼馴染の特性か。はたまた、口に出すのは恥ずかしいけれど、所謂俺達が恋人同士たる故か
予想通り、電話口から聞こえる声は、登アキラのもので。けれど、こんな夜中に一体どういうつもりだ。あいつに限って急用で電話をすることは無い。その証拠に電子音で届く声は落ち着き払っていて、多分、大した用じゃないんだろう

「なに?」

だから

『別れよう』

こんな事言われるなんて、微塵にも考えていなかった

「え……?」
『サヨナラしよう』

相変わらず落ち着き払った声で、アキラは言葉を変えて、突然、別れを切り出した

「いや、待てよ」

なんでいきなりそう言う話になるんだよ、と。震えそうになる声を必死に溜息に押し込めながら、動揺が伝わらないように言葉を返すけれど

『行き成りなんかじゃないよ。ずっと考えていたことだ』

なんて、耳に冷たい電子音が突き刺さる。その衝撃と言ったら。普段何か言われたらすぐにでも返せる俺が、思わず黙ってしまうようなことで
だって、考えてもみなかった。アキラが俺を手放そうとすることなんて、この先万が一にも有り得ないと思っていた
この春から大学生になる、一つ年上の幼馴染は、つい二日ほど前に、進学先の大学のある東京へと独り立ちして行ったばかりだった。何があってもお前が一番好きだって言ってたじゃないか

『話を続けてもいいか?』

黙ったままの俺をどう思ったのか、アキラは一言確認をとってから、どうしてそう思ったのかを淡々と話しだす

大学を東京に決めた時に、俺とはもう終わりにしよう、と決めていた。最初は、毎日会えないのが辛いから、と言う理由で、別れを考えていたらしかった。会えなくなる分、最後の一年は大事にしたい、と。今まで以上に恋人を大事にしようと努力した、と

『けどな。考えが変わったんだ。お前は思った以上に我儘で、自分勝手で、俺に愛されてるって言う事に満足して、俺には何も返そうとはしない。別に見返りを求めていたわけじゃないさ、けれど、俺ばっかりがお前に尽くして、何だってそうだ。お前は俺に与えられることが当たり前になっている。今までは適度な距離感があったから俺は気付かなかったけど、この一年、今まで以上に近い距離でお前を見ていて、気付いてしまった。お前の付け上がりにはもううんざりだ』

だから、白紙に戻そう。何も無かったことにしよう、と。変わらない口調で、変わらない温度で、機械のようにアキラが淡々と、本当に淡々と。別れを告げた

俺は黙ってそれを聞いていたけれど

「……ふざけんなよ!!」

大人しくそれで、ああはいそうですか、では別れましょう、バイバイ。なんて、言ってやるつもりなんかない

『諒平?』

俺の怒りの籠った一言をどう受け取ったのか、アキラの声にやっと少し人間味が混じる。戸惑いの色を含んだその声が何かを言いかけたけど、お前は散々喋ったんだから今度は俺の番だろ!

「別れるってなら別れてやるよ。けどな、お前ばっかり喋って何簡単に別れられると思ってるんだ。俺が付け上がってる?付け上がってんのはそっちだろうが!嫌だって言ってんのに手出してくるし、いらねぇって言ってんのに変なもん買ってくるし、人の話聞きもしねえで勝手に連れ回しやがったり!今だって俺が大人しくお前の言う事聞くと思ってるから行き成り別れを切り出したんだろ!ふざけんな!俺はお前の玩具じゃねえ!」

この一年、いつも以上に俺にくっついていたがるアキラに違和感を覚えなかった訳じゃない
通っている学校が違うから毎日顔を合わせるなんてことは出来ないし、アキラは受験生だったから俺から会いに行く事はしなかった
けれどそれでも毎日メールや電話が来た。休日にはできるだけ一緒にいた。何よりもアキラを最優先させた。付き合いが悪くなったとクラスメイトから言われたりした
それでも良かった。惚れた弱みだ。大好きなんだ。仕方ないと。本人には何があっても好きだなんて自分から言わないけれど、アキラは気付いていたように思う
そう思う事がいけなかったのか、これがアキラの言う「付け上がり」なのか。けれどそれはお互い様じゃぁないか?

考えていたら、いつの間にか泣いていた。考えた傍から全部言ってやった。悔しかった。俺ばっかりが好きだったみたいで、俺ばっかりが、別れを想定していなかったみたいで
何があってもアキラは俺を離したりしないと心のどこかで確信していたのが情けなくて仕方ない
ああもう、涙声になるのを隠せなんかできない。洟をすすりながら、お前なんて大っ嫌いだ!と電話口に向かって言い放つけど、迫力なんてありゃしない

これじゃ女だ。昨今ドラマでも見ない、ヒステリー起こした女みたいだ。男の俺が許される態度じゃない。別れ話に泣くなんて最悪だ
しゃくりあげる声も全部アキラには聞こえてんだろな。好きになった奴がこんなので幻滅したか?俺だったら絶対別れ話で泣かれるとか嫌だ。それとももう既に好きでも無い奴に幻滅は無いか?こんな最後、俺だって嫌だ

「大っ嫌いだ。ずっと、好きだったのに。大好きだったのに」

泣いているせいで裏返ってしまう声で言うセリフじゃないのは分かってるけど、これで最後か、と思うと辛かった。言ってしまいたかった

俺が思っていたことを全部撒き散らすと、耳に聞こえてくるのは俺のすすり泣く声だけだった
耳に押し当てているケータイからは何も聞こえてこなくて、そう言えば随分長い間喋っていたけど、アキラはちゃんと聞いてたのか?なんて思っていると

『諒』

不意に、アキラが俺を呼ぶ
この呼び方は、何か大事な事を言う時の呼び方だ。それは例えば大事な話をするときだったり、キスする直前だったり

『愛してる』

ああそう、こうやって愛してるって言う直前……は?ちょっと待て

「はあぁ!?」

今、なんて言った?

『愛してるよ。諒』
「い、いや、お前、なんで……!?」

突然の展開に頭が付いていかなくて、俺の涙は秒速何秒かで引っ込んだ
別れる相手に愛してるだなんて質が悪すぎる。こいつこんなに性格悪い奴だったか?なんてぐるぐる考えている俺をどう思ったのか、電話越しにアキラがくすくす笑いながら

『諒平、今日何月何日か言ってみ?』

能天気な声で聞いて来た
いや、待て、さっきから話がさっぱり繋がらねえ。俺そんなに頭良くねえのお前知ってるだろ、意味分かんねえよ、とか。口に出さずに素直にカレンダーを見る俺を誰か褒めてくれ、マジで

「何日って……四月一日?……あ」
『そ。正確に言えば、ちょうど今十二時過ぎたから、もう二日だけどね』

嵌められた。そう言う事か。四月一日と言えば

『いやーまさかこんな簡単に引っ掛かるとは。流石諒平』
「うっせ。四月馬鹿で悪かったな」

目に溜まっていた涙を強引に拭いながら、電話越しでも分かるニヤニヤした顔に向かって悪態をつく。エイプリルフールなんて如何にも悪戯好きなアキラが好きそうなネタじゃないか。どうして気付かなかったんだ、俺の馬鹿

「つか、いくらエイプリルフールだからって吐いていい嘘と悪い嘘があんだろ……」
『え?だって、期待させておいて嘘でした、って言うよりも、ガッカリさせておいてほっとさせる方がいいかなって思って』

笑いをこらえる気すらないアキラの幸せボケした声がさらに言葉を続ける

『それに、四月馬鹿でも諒平は可愛い。俺のこと泣くくらい大好きなんだろ?』

ああもう本当に可愛い、なんて言われて俺は、ついさっき涙と鼻水を垂らしながら言ってしまった言葉を思い出して、顔が熱くなるのを感じた。そうだ、俺はなんてことを言ってしまったんだ!

「るせえ!好きとか思ってねえよ!エイプリルフールに乗っただけだ!」
『言われて今さっき気付いた人が何言ってんだか。ああもう、このまま犯したいぐらい可愛い。テレフォンセックスする?』
「するか馬鹿!!」

とんでもない事を言い出すアキラに思わず大きな声を出すと、しぃーっとか言われて、今何時だと思ってんの?とからかわれてしまう。向かい合って喋ってる時ならアキラは俺の唇に人差し指を当ててくるんだけど、今日は電話越しだから、多分自分の唇に人差し指当ててる。悪戯っぽく目を細めてる顔までが浮かんでくるようで、何だ、俺やっぱりアキラの事好きなんだな、って思ったら更に顔が火照る

『しないしない。冗談。でもこの電話録音してるから、後でオカズにするかも』
「おま……!!嘘だろ!消せ!」
「嘘じゃないよ。四月馬鹿は終わったからね。今日はトゥルー・エイプリルだから真実しか言っちゃいけない日なんだよ?』

泣きながら大好きって言う諒平ほんとに可愛かったー。とか言うんじゃねえ。恥ずかしすぎる。目の前にアキラの顔があったら間違いなく殴ってるのに、と利き手に拳を作るけど、持って行き場がなくて虚しい。代わりに枕でも殴るか、と拳を振り被ったところで

『諒』

アキラがまた、真剣な声で俺を呼ぶ

「なに?」
『嘘ついてごめん。まさか泣かれるなんて思ってなかった。大好き』

火照り切った身体に、今の一言は完全に毒だ
何回聞いても、アキラの口から出てくる大好きは、心臓に悪い
俺の事を毎回飽きもせずに、かわいい可愛い連呼するアキラは大馬鹿だと思うけど
黙りこくった俺に、諒は?真実しか行っちゃだめだよ?なんて聞いてくる声が、浮かんでくる仕草の一つ一つが、かっこいいな、なんて思う俺も大概、馬鹿だ

「……大好き、だよ」

呟くような小さな声で、好意の言葉を一つ
アキラはうんうん、と頷いて

『知ってるよ』

俺の事は全部知ってる、なんて言う口が憎たらしい
今すぐ塞いでやりたいと思うけれど、生憎今は電話越し

『それにね、さっきはああいったけど、我儘な諒平も、素直じゃない諒平も、全部好きだ。俺ばっかりが尽くしてるのが不満だって言ったけど、本当は俺は好きな奴には尽くしたい方だから、全然不満なんてない。不機嫌な顔して普段は全然好きって言ってくれない諒平が、本当は俺のこと大好きだってのも全部知ってる』

こっぱずかしいセリフを次々と並べるアキラに対する防衛は、目を瞑って、なるべく聞き流すだけ。作った握り拳はいつの間にか身体を抱いていて

体中が、熱い

『ねえ諒、知ってる?』
「何を?」
『エイプリルフールに吐いた嘘は、その年中には絶対真実にならないっていうジンクスがあるんだ。けれど、そんなジンクス有ってもなくても、俺が諒平を嫌いになるなんて、絶対に無いからね』

ふふ、とか笑って余裕のアキラに対して、俺はと言えば、ずっとさっきから心臓がうるさい
こいつは、この数分で、何個爆弾落としてくる気だ
で、俺は何素直に爆撃されてんだ、恥ずかしい

馬鹿ップル全開だな、とか思われても仕方ないようなやりとりだけど、許してくれ、四月馬鹿なんだから。今日ぐらいは、大目に見てくれ

『なあ、やっぱりテレフォンセックスしないか?諒平今体中熱くて熱くて仕方ないんだろ?』
「……勝手にしろ」

あー

絆されてんなぁ……



































Let's Telephone Sex ※R18