母なる海へ、君と

息を大きく吸って、吐く
目の前で羞恥を晒す肢体は、綺麗で、可愛くて、どうしようもなく愛おしい
……このまま二人、生まれたままの姿で、死ねるなら
光も音も届かない、くらい海の底
互いの息を奪い合いながら、沈んでゆきたいと口に出したら
お前は、なんて言うんだろうな?

ゴボゴボ、ゴボゴボ



「あっあ!、あき、らぁっ!」
「聞こえてるよ、諒平。気持ちいいんだろ」

求められるままに感じるところを上手い具合に刺激してやれば、諒平は声にならない声を上げた
こうも必死に快楽に溺れた声で何度も名前を呼ばれて頭をかき抱かれると、つい今しがたまで全く触ってやらずに、強請ってくるまで焦らしに焦らした甲斐があると言うもの
元来ひねくれたところのあるこの幼馴染は、いくら抱いても苛め足りないぐらいに生意気で、嗜虐心を唆られるけれど、うわごとのように、気持ちいい、きもちいい、と吐息とともに漏らす掠れた声を聞くのは、千石諒平の生涯に登アキラ一人でいい

態とらしく腰を突き上げると、俺の頭を抱く腕に一瞬力が篭るのがわかる

「諒平。そんなにきつく抱きしめないでくれ。息ができなくなる」
「んぅ、あ。だってアキラが、ふあっ」
「全く。はしたない」

呆れるようにため息をついて、目の前にあった胸の突起にむしゃぶりつくとまた、諒平は腰を跳ねさせて甘い悲鳴を上げる
同時に中がいやらしく蠢いて、俺を煽る。全くもって恥ずかしい事この上ないが、この身体をこうしたのは紛れもない自分なのだ、と言う事実にふつふつとこみ上げてくるものがあった


そういえば、こうやって体を繋いだのはいつぶりだっけ?

同じ四角い部屋の中、二人で身を寄せ合って暮らし始めて、もうすぐ一年経つだろうか
付き合いで言えば、それこそお互いがまだ小学校に上がらない頃からの親友で
……いや、親友、だったのだ

「ゃっ、あ、あ!ぁぁあ!!」

脇腹から臍周りに掛けて軽く指を滑らせ、何度も何度もなぞってやると、体の下で諒平が大きく肢体をしならせて嬌声を上げる。ああ、またそんなに泣きだして。口では嫌だなんて強がっていても体は酷く正直だ

本当のところ諒平は、快楽にとても弱い
俺に開発されきった身体はどこもかしこも性感帯で、今日みたいに二人でベッドで抱き合ってる時なんかは俺が入れた瞬間白い物を噴き上げてしまうなんてしょっちゅうで、そんな耐え症の無い諒平は、例え屋外であろうと人の目が有ろうと厭らしい触り方をされただけで前から蜜を零して後ろの口は浅ましくはくはくと開くし、瞳に涙を一杯に溜めて眉毛が情けなく下がり、頬は上気して口から熱い吐息が溢れてくるし、もっと触り続けてやれば足腰に力が入らなくなってしまって、そのまま満員電車の中や映画館、エレベーターにゲームセンターに飲食店に公衆トイレに公園に車の中に路地裏に、果ては観覧車の天辺なんかで射精してしまったことなんて両手両足の指で数えきれやしない。ついでに言えばそんな状況で俺が諒平に突っ込んで中に出した数も、一度や二度の話ではない

今だって逝きたくてイきたくて堪らない、なんて、卑猥な顔をしているけど。そんな簡単に開放してなんてやらない
我慢してる時の諒平の顔、すごく可愛いから、もっと見せてくれるんだろ?
その為に今日はほら、諒平がちゃんと我慢できるように、コックリングなんて用意して、いつもはセックスをする時真っ先にする唇へのキスよりも先にかわいくて舌触りのいいペニスにたっぷりのローションを塗してお似合いの厭らしい玩具を嵌めてやって、そして先端へ儀式のように一つ口づけを落として

結果こうやって解放出来ない熱を持て余して諒平はいつも以上に乱れてさ。ああ、紅く色づいた肌はなんて綺麗なんだろう


俺が初めて自慰をした時から、頭の中で抱いていたのはこの身体だった

親友に向けた友愛だと思っていたこの感情は、そう呼ぶにはあまりにも熱く、どす黒い焔
例えるのならば、底の知れない深い海。何が潜むか分からない、光さえも届かない、誰も知らない昏い闇。一度身を投げれば二度と地上へ戻って来れないような、そんな後ろ暗い感情を初めからずっと、諒平に抱いていたのだ

「諒、こっち向いて」

耳元に顔を寄せ低く囁けば、吐息にさえも浅ましく震えて感じてしまう諒平の髪を梳いてやる。気持ちよさのあまり幾重にも頬を流れた涙の跡がある綺麗な顔を、それでも理性を必死に繋ぎ止めようと維持になっているその表情を、全てが愛おしいと心から思う俺は、隠すことなく愛を囁きながら、紅く色づいた蠱惑的な唇を食む
最初は柔らかく上唇を。次に唇全体を軽く啄ばみ、リップノイズを態と響かせると又諒平は可愛らしく啼くから、口が開いた瞬間を狙って舌を差し入れ、上顎を舐めて歯列をなぞり、舌と舌を絡ませ、唇同士を摺り寄せて味わって、離そうとすると追いかけてくる淫らな舌を吸うと、一段と甘い声が上がる

こんな厭らしい顔を知っているのは、俺だけでいい

首筋の、絶対に服に隠れない位置に吸いついてキスマークを付けながら、鎖骨を指でなぞり、汗ばんでしっとりと湿った胸を掌で揉むと、吸いつく様にしっくりとくる
少しずつ長い期間をかけて俺に抱かれることだけに快楽を覚えるように作り変えて行ったこの身体は、もうきっと女の子を抱いても性的興奮なんて催したりしないんだろうな、なんて、大きく赤く腫れて、熟れすぎた果実みたいになってしまった乳首を見ていると特に感じてしまう。こんな悩ましい身体になってしまったせいで諒平は、ニップルガード無しでは肌着さえも身につけられなくなってしまった
だからもう絶対に、ユニフォームを肌に直に着て、広いコートを端から端までボールを追いかけて走り回るなんてこと、一生出来やしない


諒平からサッカーを奪ったのは、俺だ

あの日無理やりに諒平を押し倒したりしなければ、きっと彼は日の丸を背負って世界の大舞台に立っていた
思春期の不安定な理性では、暗い衝動が抑えられなかった。一人で沈んで逝くのが怖くて、光の中心に居た大切な親友を、仄暗い海の底から手を伸ばして道連れにした
あの時のあれが無くても俺はどうせサッカーはやめてたよ、なんて諒平は言うけれど。例えそうだったとしても、卑怯な手を使って波打ち際まで誘き寄せたのは俺だ。俺達の距離がもっと、例えば友達のまま、綺麗なままだったら、諒平は例え膝まで潮水に浸かってしまっていたとしても、両足を尾ひれに変えること無く、光の下できっともっと幸せだったはずなんだ

せめてそう。俺がこんな昏い海の底で生きる深海魚ではなく、波の上を漂う水母だったならば。もっと上手に陸の生物のままの諒平と共存できたかもしれないのに
文字通り、母のように、水のように、優しく見守って居られたかもしれないのにと

何度後悔したって、過去は変わらないし、未来は変えられないのだけれど

恋や青春と言うものは何かと甘かったり爽やかな味、色に例えられるけれど、俺にとっての恋慕の味は、いつだって海の味がした
海の無い街で育ったのに、どうして自分は海を知っていたのだろうか

それがきっと、人間誰しもが生まれる前に母の胎内で魚の形をしていた故なんじゃないかと考えはじめたのは、いつだったかはもう覚えてないけれど
諒平と一緒に水族館へ出掛けたあの日、俺はきっと、人間の皮を被っているだけで本当は水槽のあちら側に居るべき存在なんだと、漠然と確信したんだ

ああ、母さん。
あなたの胎内で、ちゃんと人間まで進化できずに、不完全なままで、俺はこの世に生を受けてしまったんだ
だからこんなに、醜い姿をしているんだろう?
とんだ親不孝だよな。ああ、泣かないでくれ


「ぁきらっ、アキラぁ……!」

俺はあの日と同じように諒平の右手を左手に絡める。恋人繋ぎと呼ばれているその手のつなぎ方は、掌から指から全てが密着して、それでも足りないから軽く手をすり合わせると、ずっとほったらかしにしていた諒平の前に触れ、コックリングを外した

「諒、イきたい?」


水族館の最後の部屋。クラゲだけの展示スペースに辿り着いた時、気付けば諒平の手を掴んでいた
母のように、水のように、なんてなれやしないから。せめてこの身体を、誰にも触らせたくないと

諒平は振り払う事もなく、そっと握り返して来て
そうして平然と、恥ずかしげもなく、俺はお前が思っているよりも、お前のことが好きだから。そんな顔するなよ、と言ってのけたのだ


ああ、なぁ、諒平
堕ちるところまで堕ちたと思っていても、暗い海の底は未だに見えない
もうとっくに陽なんて届かない所まで沈んだのに、視界が尚鮮やかさを増し続けるのは、傍らに居るお前のお陰なんだと
お前と共に沈む所まで沈んで、海底に辿り着いたら、そこで陸での生活の真似事をして暮らしたいと

そう言ったなら、お前は笑うか?


「ぁ…イきたぃ…!」
「そう。じゃぁ一緒にいこうか」


あの日繋いだ手の温もりは、母のように柔らかで
傍らの光は、とても明るくて
深海の水圧に耐える為に醜くなった俺を、それでもいいと微笑んで

今だってほら、こうやって、俺に縋りついて来て

「あぁ!あああっ――――――!!!!」


ああ、

どうして、俺は泣いているんだろう




母さん


あなたの胎内で育って、生まれ堕ちた俺はどうやら、ちゃんと人間だったみたいだ

だって、魚に涙腺は無いんだろう?


































fin