白か黒かの二者択一に
灰色なんてものは存在しない


「丁!」
「ホンマに?」

ニルスは僅かに眉を顰め、頬を微かに釣り上げる
言外に「ファイナルアンサー」を尋ねる時の、彼の癖だ
利き手である左手には、伏せられた鉛色のカップ
中にある二つの賽子が示す合計が奇数か、偶数かを当てる至極単純なゲーム

確率にして、半々

…ただしそれは、種も仕掛けもない、机上論での話
賭博に使う道具に細工を施していないことを、疑わない方がどうかしている

そっとニルスは、左手を浮かせてカップの中身を曝け出す

「残念。5と2で半」
「見たらわかるわ!ああ悔しい」

ほんまに悔しい!と、ゆるくカーブを描く栗色の毛にガシガシと両手の指を絡ませて、ひとしきり悔しがったあと、シルハクは新たなトークンを賭ける。もう一勝負するつもりだ
トークンの数をおおよそ数える。先ほどの1.5倍。勝負に出たか

あきらめの悪いやっちゃな。とため息をつきながら、ニルスは再度賽子にカップを被せシャッフルする
その際、二つある賽子の一つを、スペアとすり替えておく
シルハクの性格上、そろそろ丁を諦め半に賭ける頃合だ
賽の目は、ニルスの思うがままに、狙った面を弾き出すように細工がしてある

「半丁」
「半!」

あっさりと。シルハクはニルスの読み通りの言葉を寄越した
ほんまに、単純すぎるやろ
呆れ半分、哀れみ半分の溜息を一つ。悪戯な笑みとともに漆黒の瞳へ送ると、詐欺師は左手を浮かせる

現れた賽の目は、5と1

うがあああ、だか、あがあああ、だか、よく分からない雄叫びを上げて、シルハクは栗毛を掻き毟りながら額をほとんどぶつけるような勢いで机に伏せた
無理もない。これで今日十五敗目。通算では恐らく彼が覚えている魔法の呪文よりも多い回数負け続けなのだ

残りのトークンを全て投げ打っても、失ったものを取り戻せそうもない

シルハクの戦意喪失を見てとったニルスは、机の上を黙って片付け始めた
と言っても、おもちゃのトークンを数字の額ごとにまとめて片し、己の商売道具でもあるカップをしまい、賽子の数を数え、懐にしまうだけ。時間にして五分もかからない


それにしても、とニルスは思う
今日仕掛けたのは、如何様と言うにはあまりにも子供騙しの手品だったのだが、それすらも目の前の彼は見破れなかったというのだろうか

先程まで興じていた己の手口を回想する
用意した賽子は、ニルスが持つ約二十種のうちの三種のみ
必ず5の目が出る賽子と、必ず2の目が出る賽子と、必ず1の目が出る賽子だ
それらをタイミングを見計らって入れ替える。トリックというにはあまりにもお粗末すぎるそれを、シルハクは見破れなかったというのだろうか
さらに言うならば、十五回勝負のうち後半の七回は、ずっと5の目が出る賽子を使い続けた

「見ればわかる」と言われながら、律儀に出た目を声に出して教えていたのには、毎回5の目が出ていることに気づかせようとしたニルスの計らいだったのだが
――もっとも最後の一勝負は、ニルスが口を開く前にシルハクが叫び声を上げたので、言う間もなかったのだが

まさかそれすらも、気がつかないほどシルハクは馬鹿ではないだろう

相変わらず呻き声を上げながら顔を上げない、柔らかくカーブした栗毛を横目にニルスは席を立ち一旦テーブルのある部屋を後にする
流石に座りっぱなし、何も口に含まずずっと居ては、喉が渇くし肩も凝る
如何様を使ったとは言え、賭け事による駆け引きの緊張感は軽減されるものではなく、つまるところニルスは少し疲弊していた

「まぁ。十五連敗の人に比べたら、全然マシなんやけどな」

そもそも十五戦もするなんて思わなかった。一勝負にかける時間が短い半丁とはいえ、連続でやるとなるとそれなりに時間も経つわけで

「喉渇いてんの、俺だけちゃうやろし。ハクもなんか飲むやろ。あ、なんや。アールグレイしかない感じか?あんまり好きちゃうねんけどな」

背に腹は代えられんか。と、誰に言う訳でもなく茶葉に湯を注ぐ。蒸らす間に戸棚を開ける。酢モルボルのり醤油味の袋を見つけ、茶菓子はこれでいいかとひとりごちる

紅茶を二人分のティーカップに注ぎ、トレイに酢モルボルと一緒に載せ、給湯室を出る
階段を上がり、部屋に戻るとシルハクはニルスが出て行く前と全く同じ姿勢だった
アールグレイの香りに刺激されたのか、ひくり、と鼻が動くのが見えた

「飲むやろ?」
「おー」

おおきに。呟きながらようやく顔を上げた漆黒の瞳と目が合う
魔力の才に溢れた、利発そうな光を宿すその黒が、手元の取合せを見て、んげ。と片眉を釣り上げる

「アンタほんま…アールグレイと酢モルボル合わせてくるとかどんな味覚や」
「しゃーないやん。それしかなかってんもん」
「ほかにもあったやろ。岩クッキー的な」
「いらんあれ硬いもん」
「せやかてよりによってのり醤油と紅茶て…」

味覚絶対おかしなる。と言いながら、向かいに座ったニルスに袋の口が開いた酢モルボルを押しやってくる。食べたくない、という意思表示だ

「ハクあんま酢モルボル好きちゃうよな」
「いや、ニールが規格外に酢モルボル好きすぎるだけやでどう考えても」

一番好きな味なんなん?とカップに口を付けながらシルハクが尋ねる。ニルスはのり醤油味の酢モルボルを口に運び、咀嚼しながら、ドロソース味、と返答した

「ま、た味の濃いやつ…」

やっぱり出身地方の故郷の味的な?とカップを置きながら目を合わせて、キラキラとした好奇心を向けられたニルスは、にぃ、と破顔する

「そ。たこ焼きみたいな味して好きや」

ちなみに酢モルボルの原材料の大半はタコとイカの足だ

「俺無理や、あれ。味濃すぎる」
「そう言うけどなぁ、濃いのはソースの味だけで、あとは薄口やで?」

醤油の味とかこっちに比べたらだいぶ薄いで。とニルスは口を尖らせる

「あれやろハク。方言勉強した時に、オレの故郷に来てないからそう思うんやろ?本場のドロソース食ってないやろ」
「行ってへんも何も、生憎喋れるだけで地方に行ったことなんて一回もないわ」
「それでこんだけ喋れんねんからほんま君すごいわ」
「時々イントネーション変やと思うけどな?」

眉毛をハの字にしてシルハクは苦笑したが、ニルスはシルハクの方言に違和感を覚えたことなど一度もなかった
現に、最初は同郷出身者だと思ったのだ
書物の知識と、昔の知り合いにニルスと同じ地方出身の人間がいたというそれだけで、シルハクは標準語から外れた言語を、まるで生まれた時から知っていたかのように操る才能があった
それだけではない。標準語圏出身で有りながら訪れたことのない地方や異国の言葉を、彼はいくつも使い分けた

軽そうなルックスとは裏腹に彼は、ひどく勉強熱心なのだ

いや、勉強熱心、という言い方では過小評価すぎるかもしれない
彼の最も尊敬すべきどころは、知識を知識で終わらせず、知恵として昇華させる能力にあると、ニルスは評価していた

机上論で話をする人間ではないのだ。シルハクという人間は

自分の有する膨大な知識を、彼は決して自慢しない
使いどころを知っているのだ
例えばそれは、ニルスに対して彼の出身地方の方言を使って喋るということだった

喋れる、ということを自慢したいのであれば、シルハクはニルスと二人きりの時以外でも標準語を喋らないだろう
だが決して彼はそういうことをしなかった
飽くまでニルスと一対一で喋る時のみ、ニルスに対する気遣いの延長線上でシルハクは方言を使うのだ
ニルスもそれを理解しているから、大勢の前では方言を慎み、こうして二人で留守番なりしている時にのみ、自然体で会話をする
この場こそがシルハクの知識の使いどころであり、知識が知恵として昇華される場であるのだ

詰まるところシルハクという人間は、とても聡明だった
口先ばかりの利口者とは一線を画していると言うことを、ニルスは彼と過ごす中で常常感じていた
知識をおおっぴろげにしないことは勿論、そもそもの頭の良さ、魔力の才、優れた状況判断能力など、一軍を率いる参謀に求められる能力がほぼ全て最高水準なのだ
――もっとも、これは例え話であって、ニルスとシルハクは軍仕えではないのだが

逆の立場から考えれば、シルハクほど敵に回ると厄介な頭脳はないという事だ

知識が知恵として昇華する時、それはシルハクが行う尋問の凶悪さが最もたる例であるとニルスは挙げる
情に訴え、精神を揺さぶり、恐怖心を煽り、トラウマを浮き彫りにするその手腕
下手な拷問よりよっぽど凶悪な言葉責めの数々は、情報収集能力と処理能力の発達した灰色の頭脳によるものだ
そこに膨大なボキャブラリと、鮮麗された心理学が加わる
どんな毒薬よりも甘美な罠。悪魔の囁きがよほど可愛く聞こえる交換条件

蓄えた知識はこの時のために

策略を巡らせることに、殊にシルハクは天才的だった


だからこそ、とニルスはそれまで伏せていた瞳を再びシルハクに合わせる
当の本人は今、ゆっくりと紅茶を飲み干したところだった

「ん?俺の顔になんかついてる?」
「ああうん。目二つ鼻一つ口一つに耳二つ。眉毛と髪の毛」
「よっしゃ問題なし。立派な男前やな」

シルハクの顔は男前というよりも優男だ
全体的に甘い顔立ちは、だがしかし美形というには少し物足りない
切れ長の瞳だけが変にスパイシーで、ほかのパーツとミスマッチだからだ
魔力の才を隠しきれないギラギラとした瞳のせいで、無表情のシルハクの印象は恐ろしく鋭い
しかしこうしてくしゃりと笑うと途端に印象が人懐っこくなる
誰とでもすぐに仲良くなれる社交性もあり、第一印象で不快感を抱かせることはほとんどないのだが、ある意味でそのギャップがまた、美形と言うには物足りない要因になっている
すこし黙ってりゃ良いのに。と言われるほど、彼はよく舌が回るのだ

「あー。俺やっぱり岩クッキー食べたいから取ってくる」

言い終わらないうちにシルハクは、席を立った。ついでにアールグレイの代わりも継いでくるつもりらしい。手には飲み干されたティーカップがあった

部屋の戸に手をかけたところで、栗色の毛がふわりとこちらを振り返ると、漆黒の瞳と目が合う

「ニールもおかわり要る?」
「んー。どうしよっかな…」
「はっきりせんやっちゃな。まあええわ。ティーポットごと持ってくる」

カップの代わりにトレイを抱え、パタリ、ととの閉まる音がして、栗色はニルスの視界から居なくなった


分からない。とニルスは思う

先ほど述べた通り、ニルスから見てシルハクはとても頭のいい男だった
それに加え――先程は触れなかったのだが、シルハクはひどく敏感だった
それは闇夜に潜む者の気配であったり、魔力の渦巻く中心を察知する能力であったり、咄嗟に短剣を引き抜き応戦できる反射神経であったりと、様々な意味で

知略を巡らせることに秀でた彼は、情報操作や偽装工作といったものも上手かったし、己の手の内で味方すらも躍らせることができた

ニルスは職業柄、詐欺や奇術、如何様、ブラフや猫だましなどといったことを得意としていたが
それすらもシルハクは恐らく全て見破られた上で、己の思うがままに駒を進めている
事実、罠に仕掛けたつもりが仕掛けられたのは自分だった、と言うことを、ニルスはシルハク相手に初めて経験した
敵を欺くにはまず味方からとはよく言ったもので、シルハクの頭脳には誰にもついていけないのだ
いつだってシルハクは、その鋭い眼光で、最良の策を弾き出し、誰にも悟られることなくクールに実行する
これ以上の策士は今世紀中にお目にかかれないだろう。ニルスはシルハクをそう評価していた

だからこそ、シルハクがニルスの仕掛ける如何様を全く見破れないということが、信じられなかった

初めのうちは、それこそ間抜けなカモだと思っていた。まさかこんなに簡単に如何様に引っかかる人間がこの世にいるなんて、と、シルハクを嘲笑った
もともと人を騙すことに快感を覚えるニルスは、シルハクを引っ掛けることが最高のストレス解消になっていた
止めればいいのに彼は、ニルスの口車に乗せられ、膨大な金を手放した
ニルスはその金を使って、己の商売道具に更なる仕掛けを施していき、ますますシルハクを貶めた

だが、それはニルスが、シルハクの策略家としての顔を知らなかった時の話だ

一度彼の巡らせる、蜘蛛の巣よりも細やかで鮮やかな奇策を目にしたら、誰も彼を頭の足りない男だとは思わないだろう

半端な頭脳では、彼の真似はできない
同じ頭脳を持ち合わせたところで、読み合いに勝てるかと言われれば、ニルスはNOと答える
それは経験であったり、感の良さであったり、運の良さであったり、様々な要因が絡んでのことだが。いずれにしてもニルスはその時から、シルハクに勝てる要素が思い浮かばないし、シルハクに勝てる人間がこの世にいるとは思えなくなった

そして思うのだった

如何様に騙された振りをして、賭け事に負け続けている振りをして、被害者の仮面をかぶって、本当は全て見抜いた上で敢えて都合の良いカモを演じているのではないのか
間抜けだと笑うニルスを見てシルハクは、陰で彼を馬鹿にして高笑いでもしているのではないか
彼がニルスの前で見せる行動そのものがブラフであって、自分は彼の手のひらの上で踊るマリオネットなのではないかと

気づいたその夜は寒気が止まらなかった。自分はとんでもなく恐ろしい生き物に捕食されようとしているのだ。だがそれはニルスの空想の域を出ないのもまた事実だった


その日からニルスは、シルハクから金品を巻き上げることをパタリと止めた
しかし負けず嫌いなシルハクからの要望で、賭け事を止めることはしなかった
金品の代わりに、おもちゃのトークンを用意するようになったのはそういった経緯だった
シルハクは怪訝な顔をしたが、味方から金銭を巻き上げたところで、タコが自分の足を食べるようなものだと言って誤魔化した
はー。上手い例えやな、そら。と少し眉をひそめて、瞬きを二回したシルハクにニルスは、なんと返しただろうか。今となっては覚えていない


アールグレイの香りとともに、シルハクが帰ってきた

「アンタちゃんと戸棚見てへんかったやろ。奥の方にこれあったで」

椅子を引きながらシルハクは机にトレイを置く。その上にはティーポットと、鈴カステラと、岩クッキー

「それ賞味期限切れてへんだ?」

切れてへんわ!と言うシルハクを無視してニルスは鈴カステラの袋の後ろを確かめる。賞味期限は明日の早朝。どうやら勘違いをしていたようだ

「ごめん。思い違いやった」
「そらせやろ。それ俺が買(こ)うてきたやつやし」

ひょい、と袋を奪ってシルハクは鈴カステラを開封する。アールグレイはニルスが賞味期限を確かめている間に新しく継ぎ足されていた

続いてシルハクは岩クッキーを開封すると、鈴カステラと共に二人分に分配をしようとする。しかしニルスがその手を掴んだ

「クッキーいらんてゆうたけど?」
「ほんなら残しといて後で誰かにやったら?」

俺一人でこれは多すぎるねん。と、シルハクはニルスの手をのけ、綺麗に菓子を二つに分けた


またも、ニルスはシルハクが分からなくなる

甘いものが好きではない、といつかシルハクがこぼしていたことを思い出す
だが彼は、よく甘いものを買ってきては、一人ではなく、二人以上でそれを分けて食べる

まるでそれが癖であるかのように

鈴カステラを口に放り込みながら、シルハクを見やる

ニルスが、シルハクのことをよく知らない自分に気づいたのは、いつだっただろう

彼はとても人懐っこい。誰彼構わずあだ名を付け、からかい、騒ぎ、喋る
彼の周囲には明るい風が吹いている。周りをかき混ぜ、和ませ、笑わせる風だ

だがその本質を、誰も知らない

風の正体は空気が動くことによって起こるものだ
風に色はない。匂いもない。本質もなにも、存在しない

それはシルハクにも通じるものがあった
自分ばかりが喋っているようで彼は、自分のことを誰にも語ることがなかった
それでいて彼は、纏った風によって、誰の心の扉をもいとも簡単に開いてしまう
人の内側に潜るのが、異常に上手いのだ

ニルスはシルハクについてよく知らない
だが、シルハクはニルスについて、恐ろしいまでに何でも知っている
それはニルスの出身であったり、ニルスの性格であったり、ニルスを形作る背景を知り尽くしている、と言っても過言ではない

ニルスについての知識が知恵として生かされるのは、シルハクがニルスの敵に回ったその時であることを、ニルスは失念していた

気づいたときには全て、シルハクの手の内だったのだ

この事実が、ニルスがシルハクにどう足掻いても勝てないと思わしめる最もたる理由だった
騙し討ちは自分の十八番だと思っていたのにと、いくら臍を噛んだところで遅い
シルハクについてニルスが知っていることといえば、今まで挙げたことが全てだった
シルハクという人間の、その背景を、ニルスは全く知らない
知らないということはすなわち、情報がない
情報戦で負けるということは、戦いそのものに負ける、ということだった

別にニルスは、シルハクと勝負しているわけではないのだが。素直に負けを認めざるを得ない


そんな恐ろしい男相手に、自分は、博打では負けなしなのだ

元来手先は人より器用だ。後暗い快感も好きだ
如何様を誰よりもうまくやる自信を、ニルスは持ち合わせている

だが、とニルスは思う
シルハクが白か黒か、それを見極めることは、ニルスには出来そうもなかった

物事の選択肢に、YESとNOの間は存在しない
コインには裏と表しかないし、第三の選択肢として投げたコインが落ちてこない可能性を考えるということはまるでしない
イチかバチか。それがニルスの選択肢の全てなのだ

そんな理由でもってニルスは、シルハクとの賭けを興じながら今日まで、選択を先延ばしにしている
白か黒かを見極めるために

そこに灰色という選択肢を持ち出すことは、ニルスにとっては最低のナンセンスだ

――ボロの一つでも出してくれれば、と思って子供騙しのトリックしか仕掛けなかった今日も、結局シルハクは尻尾を出さなかったのだが

そもそも、コインの裏と表の柄もわからないのに、半丁を賭けるなんてことを、臆病なニルスには到底できないのだ

人を騙したり、嘲るといった行為は、相手より自分が臆病であるからこそ成功する

シルハクの恐ろしいところは、計算か天然かを相手に悟らせない面の分厚さなのだ。とんだ道化である

いや、これは全て臆病なニルスの空想に過ぎない
本当にシルハクは純粋にミスディレクションの類が見抜けないだけという選択肢もまだ、存在するのだ


だとすれば、とニルスは微かに笑う


向かいに座る詐欺師の表情の変化をシルハクが目敏く見つけて、首を傾げる
なんでもない、と詐欺師は笑う。策士は納得していないようだったが、構わない


策士策に溺れる、とはこのことだろうか

いや、溺れているのは詐欺師で、策を仕掛けたのは詐欺師ではなく目の前の策士だ
詐欺師は策士を疑う余り、有りもしない策に溺れる妄想を見ているだけなのかもしれない

策士は直接的な手を下していないのだから


それでもいいか、とニルスは笑を深くして、アールグレイを口に含む。自業自得には変わりない

己は哀れなマリオネットだ。糸を操るは、謀略を巡らせるのが誰よりも得意な道化だ


ならば彼が満足するまで、踊らされていようではないか

それに、勝負はまだ、始まってすらいない
今はそう、お互いのカードを探り合っているに過ぎず、先行後攻すらも決まっていない


そして、策士はまだ知らない


今己が前に晒されている詐欺師の手札の殆どが、ジョーカーであるという事を


思考の切り替わったニルスは、今日の勝ち分でシルハクに何を貢がせようかと、画策するのだった




























fin