ルテチア峠に雪が降った

異常気象だなんだと世間は騒ぐけれど
マーシュにはどうでもよかった

いや、どうでもいいというのは語弊があるかもしれない

興味がなかったのだ

彼にとってこの世界で起こる出来事は全て、他人事なのだ
彼はこの世界での住人ではないのだから


雪降る田舎町、イヴァリース
彼の居場所はそう、王国イヴァリースではないのだ




ルテチア峠に雪が積もった

始まりの街では、銀世界を見たことがない子供が多いようだ
マーシュがやっとそう気づいたのは、子供達と共に、雪降る峠へ訪れた時だった

一面の銀世界に、自分より少し年幼い子供たちは
それぞれ形の違う手で、ある子は器用に、ある子は不器用ながらに雪玉を作り
保護者であるマーシュの仲間たちを巻き込んで、雪合戦を繰り広げた

初めての雪に子供たちは、服が濡れるのも汚れるのも気にならないようだった


マーシュは、雪合戦の最中、あの日のことを思い出していた

雪玉の中に石など入っていないと分かっているのに
その塊を、他人にぶつける事を何度もためらい
その塊が、自分の顔にぶつかるのを何度も嫌がり

濡れて汚れた服を見て、閉口した




ルテチア峠の雪が止んだ

異常気象の正体は、峠に住み着いた一人の魔術師の、魔導実験の弊害だった
最初こそ物珍しがられた白い世界は
積もりすぎた今、害悪でしかなかったのだ

雪を吐き出し続けた魔法装置は、マーシュとマーシュの仲間が破壊した
雪によって閉ざされた路は、やがて元の姿に戻るだろう

そうすればもう、遭難者が出ることもなくなるだろう

あの日、悪意の篭った石の入った一際大きな雪玉を、マーシュの友人にぶつけた
吹雪の中、恨みのこもった目で、マーシュを見やった、哀れな遭難者


雪を踏みしめながら歩く帰り道。白色は足元以外のどこにもない
それでも視界が荒れ狂う白いノイズに覆われるような錯覚

マーシュは、いつまでも彼らが記憶から消えない気がした





ルテチア峠の雪が溶けた

視界のどこにも、あの白銀の世界はない
踏みしめる地面に、白い足跡が続くことはない

マーシュは、雪とともに、この異世界へやってきた
だからマーシュは、雪が自分の傍にある間は、元居た世界へ、直ぐにでも帰れる気がしていた

たとえそれが、異常気象だとしても
たとえそれが、人工的なものだとしても

マーシュには、全て、どうでもよかった
マーシュには、全く、興味がなかった

マーシュにとって大事なのは、この世界の事情ではないのだから
マーシュにとって大切なのは、元の世界へ帰ることなのだから




溶けた雪は、川へと流れた
増水した川は歪みを生み
世界の均衡を崩した




程なくしてマーシュは、ルテチア峠に降った雪のことなど、忘れてしまった
あんなに忘れられなかった、視界を覆う猛吹雪も、濡れて汚れて重くなった服の感触も

全て、記憶の彼方へ、追いやられていった








そして今。世界が、あるべき姿へ、崩れてゆく








……ルテチア峠に再び、雪が舞っていた















fin